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ラサ

2009年12月25日 22:06

どーも、無事にヒマラヤ越えに成功したWAKUです。


今日はクリスマス、皆さんはいかがお過ごしだろうか。

俺はネパール美女とイチャイチャしている。

という、妄想を繰り広げている。



さて、今回は写真を中心にチベット文化圏での2週間を書こうと思う。

よって、重く長いがご了承ください。


12月9日に列車に乗って西寧(せいねい/シーニン)に到着。

ここでは成都(せいと/チェンドゥー)の宿で紹介してもらった「Lete Youth Hostel」に泊まった。

ここ西寧での出会いが俺の考えを変えることになる。

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↑来たどー!!西寧!!


西寧ではチベット抜けを約束したツアーメイトとの集合地点。

というのも正式にはチベット自治区はツアーを組まなければ入れないからだ。

1人でツアーを組むと1週間ツアーで約75,000円が相場。

闇ルート、つまり非合法でチベット入りも不可能ではないが、この旅では法を犯さないと堅く決めているため仲間を集めてツアーを組む方法をとった。

それでも1週間ツアーで約40,000円。

俺の1ヵ月分の予算だ。


ちなみにチベットツアーは「青海省中国青年旅社」がオススメ。

日本語を話すチベット系のNさんが優しく対応をしてくれる。


ツアーメイトが西寧に到着するまでヒマだったので街をさんぽしてみた。


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↑600年以上の歴史を持つモスク「清真大寺」


宿のスタッフもめちゃくちゃフレンドリー。

彼女たちのおかげで中国語が少し話せるようになった。


そして今回から『今夜のお・か・ず』というコーナーを設けようと思う。

R指定はないのでご安心を。

第一弾はこれだ!!


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↑大餅&羊肉湯(約220円)

味のないパンと羊肉のにおいが強烈なスープ。



ここ西寧ではチベット系の声を聞くこともできた。

彼らの“熱”を感じて俺の目が潤んでしまった。

俺は筆談した紙をその場で燃やした。

これが中華人民共和国という国だ。

それからチベット系の人々に興味を持ち、たくさんのチベット系と出会うことになる。


ツアーメイトとも合流し、楽しかった西寧に別れを告げる。


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↑出発直前の西寧駅ホーム。

そして列車に乗ってラサまで24時間ストレートで向かう。

鉄道世界最高地点の海抜5,072mを通るため無理せず、寝台クラスを選んだ。

残念ながら、うかっりして最高地点の証拠写真を撮り忘れた。


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↑中間地点のゴルムド。

ここからラサまでの15時間、喫煙を禁止される。


12月17日、ラサ到着。

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↑来たどー!!ラサ!!


チベット系ガイドのSさんとチベット系ドライバーのこれまたSさん、めっちゃ優しい。

その日は自由に市内をさんぽ。

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↑ラサの町並み。

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↑チベット仏教寺院「ジョカン寺」


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↑その前で五体倒地をするチベット仏教徒。


翌日はガイドに連れられてポタラ宮殿を訪ねる。

いつもは観光スポットを嫌うが、チベット文化に興味があるため今回は別。

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↑世界遺産「ポタラ宮殿」

ただ、俺はこの写真に写ってるあるものを見てテンションが下がった。(右下の煙ではない)


そしてその夜はガイドに誘われクラブに行くことに。

俺の日本でダンスやってた発言がきっかけだ。


クラブで出会ったチベット系のTさんとウマが合い、会話が盛り上がった。

「WAKUは良い目を持ってる。WAKUが見てきたリアルをありのまま、世界の人々に伝えてほしい。それが私の希望です。」

その人の“熱”を感じて、また目が潤んだ。


しばらくして無理矢理ステージに立たされ踊ることに。

現役の時に踊っていたLock'inを披露。

ラサは海抜約3,600m。

富士山のてっぺんでダンスをしているようなものだ。

だから、すぐに疲れた。でも、女の子にはモテた。

「一夜で何人と電話番号交換したんだよー。」とガイドに冷やかされる。

正直に言おう、4人だ。


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↑クラブというよりショーパブ。この後ステージに連れて行かれた。


そしてホテルに戻る。

が、鍵が閉まって入れない。


仕方なく真冬のラサで野宿を決行するが、ドラム王国並みに寒い。

1時間位して運良くインペルダウンの扉が開き、体を震わせながら暖かいベッドで就寝。


翌朝、部屋を出たら雪が降っている。

大将青キジ呼んだの誰だよー。

あのまま運悪く扉が開かなかったら、今頃バギーみたいになっていただろう。


眠い中、その日にヤムドック湖を経由してギャンツェへ移動。

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↑湖が青い!!空が青い!!


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↑屋上からギャンツェの町並み。


翌日、シガツェに移動。


街をさんぽしてたら、山の上に何かを発見。

何を血迷ったのか、登ってみた。


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↑こんなところを一人でロッククライム。


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↑登頂成功!!


その次の日は早起きして、サキャ経由のティンリーへ向かう。

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↑俺個人の陸地最高地点、海抜5,248m。


ティンリーは海抜4,000以上の土地だから、夜はかなり寒い。

だが、空に近い分、星がめちゃくちゃキレイだった。


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↑天然アイスリンクで遊んでたら落ちた。


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↑海抜5,150mからヒマラヤ山脈を望む俺。


翌日は国境の街、ダムへ。

一気に2,500mくらい下る。


そして最終日は国境を越えネパールへ。

イミグレーションを通り、9ヶ月ぶりに愛するネパールに入国。

詳しくは次回の日記で。



今回のチベット周遊、いろんなことを考えさせられた。


俺は中華人民政府のチベット自治区における政策をイヤなくらい感じてきた。

おかげさまで中国の五星旗が大嫌いになった。

だが、俺が政府を否定したって意味がない。

伝えたいことはそんなんじゃないんだ。


あるチベット系が印象的なことを言っていた。

「僕たちは少数派、多数派がいつも強いんだ。」


皆さん、どう感じますか?




12月23日にネパールに入国して、今は愛するカトマンズでのんびり。

ピザの無いクリスマスが無性にうれしい。


p.s.世界の屋根から見た青空。

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小暮 和久 2009,12,25 Kathmandu
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ただいま、この辺にいます!!
kakuuto

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